2018年5月5日土曜日

変えられぬ原則がある 憲法を考える

中日社説

 日本国憲法改正論議で引き合いに出されるのが、ドイツ基本法(憲法)が六十回改正されていることです。しかし、変えていない部分にこそ注目したい。
 基本法改正は上下両院で総議員の三分の二の賛成により可能です。日本国憲法改正のような国民投票は必要ありません。これまでの改正は、ドイツ統一に伴うものや欧州連合(EU)関連など多岐にわたりますが、基本原則に触れるものはありません。

人間の尊厳不可侵

 基本法第七九条が基本原則の改正は「許されない」と定めているためです。その一つが「人間の尊厳不可侵」です。
 ドイツ連邦憲法裁判所で十二年前、人間の尊厳不可侵が具体的に問われました。
 憲法裁は、法律が基本法に違反していないかを審査し、国が基本法を守っているかを監督する機関で、判決は政治にも大きな影響をもたらしています。
 ハイジャック機がビルや米国防総省に突入した米中枢同時テロの記憶がまだ新しかった二〇〇三年一月、男が軽飛行機を乗っ取ってフランクフルト上空を旋回し、ビルに突っ込むと予告しました。
 未遂に終わりましたが、航空機テロへの警戒感が強まり、サッカー・ワールドカップの自国開催を翌年に控えた〇五年、ドイツ政府は議会の可決を経て「航空安全法」を施行しました。
 論議を呼んだのが、テロリストが民間機を乗っ取り自爆テロに使う恐れがある場合、国が軍に民間機撃墜を命じることができるとの条項でした。
 旅客機に乗る機会の多い機長や弁護士らは、航空安全法が基本法に違反するとして、憲法裁に違憲訴訟を起こしました。
 これに対し憲法裁は「人間の命と尊厳は憲法で守られなければならない。『撃墜』条項は人間の尊厳不可侵とは相いれない」として違憲との判断を下し、いったんは論争に決着がつきました。

テロ機撃墜の是非

 しかし、パリなどでテロが相次ぎ、欧州に難民が殺到して治安悪化への懸念が高まった一五年に、航空安全法を巡る議論が再燃しました。
 きっかけは、弁護士としても活躍する作家シーラッハ氏の法廷劇「テロ」です。日本語にも翻訳され(東京創元社刊)、舞台でも上演されました。
 テロリストが乗客百六十四人の乗った旅客機をハイジャックし、七万人の観客がいたミュンヘン近郊のサッカースタジアムに墜落させると宣告しました。緊急発進したドイツ空軍戦闘機パイロットの少佐はミサイルで旅客機を撃墜、自爆テロは防ぎましたが、乗客は犠牲になりました。
 撃墜を認めなかった国防相の命令に反した行動でした。少佐は大量殺人罪で起訴され、市民も参加した法廷で裁かれます。
 少佐は「七万人が死ぬのを何もせずに見ていることはできなかった。七万人を救うために百六十四人を殺すのは正しい」と主張し、憲法裁の違憲判決が国を無力にしたと批判しました。しかし、乗客に自分の家族がいても撃墜したかと問われると、口ごもります。
 乗客の遺族の妻は「パパがどんなにおいだったかもう忘れてしまった」との娘の言葉を引用し、喪失感を訴えました。
 結末には、二通りの判決が示されます。
 有罪判決は「人間の尊厳は基本法最上位の原則」であることが根拠とされます。
 無罪判決は「より小さな悪を選択したので刑法上の欠点はない」と指摘しました。
 どちらを選ぶかは、読者の判断に委ねられています。
 ちなみに、日本でこの舞台劇が上演された際のアンケートでは、東京公演では無罪が、名古屋では有罪が、それぞれわずかに半数を上回っていたそうです。
 「人間の尊厳不可侵」同様、基本法が変えてはならないとしている原則は、基本的人権、国民主権、国の秩序を壊そうとする者への抵抗権などを定めた項目です。

歴史に学んだ基本法

 議会制民主主義を独裁に変えたナチの統治は、ホロコーストなど人類史の汚点ともいえる破局をもたらしました。抵抗権は、一九六八年の緊急事態条項追加とともに加えられました。基本法は歴史に学んだたまものなのです。
 ドイツ社会は基本法の原則について議論を重ねながら、守り続けてきました。
 何を変えるかよりも、何を変えてはいけないか。基本法の原則についてのドイツの議論は、日本の憲法論議を考える上でのヒントも与えてくれそうです。
 日本国憲法の基本原則は国民主権、基本的人権、そして平和主義です。

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